フィンランドAI・スマートシティ最新動向視察研修報告
2020/2/7
2019年10月22日(火)から24日(木)、三菱UFJリサーチ&コンサルティング及び一般社団法人スマートシティ・インスティテュートのプロデュースによる、「フィンランドAI・スマートシティ最新動向視察研修」が実施された。本研修の設計には、フィンランド側のパートナーHAUS(HAUS Finnish Institute of Public Management)が協力した。同機関は、国の人事政策、行政改革、公務員研修、人事管理、省庁等の組織開発等を担当するフィンランド財務省管轄の政府系機関である。そのため、本研修は、フィンランドのトップレベルのAI政策、イノベーション政策、スマートシティプロジェクトに関して理解できる包括的な研修であった。
◀左画像:ヘルシンキ中央図書館(OODI)
研修プログラム
10月22日(火)
HAUSにて、公務員を対象としたオンライン教材の開発や、プラットフォームを利用した研修について説明を受けた後、現地企業Reaktor社を訪問。全国民が受講可能なAI教育プログラム「Elements of AI」に関しての講義を受けた。また、フィンランドにおけるAI研究・開発のロードマップ等の国家戦略に関して、フィンランドAIセンター(FCAI)のPetri Myllymäki教授から説明を受けた。
<受講内容>
・HAUSの概要
・HAUSの公務員を対象としたオンライン研修プラットフォーム
・オンラインでAIが学べる無料プログラム「Elements of AI」
・フィンランドAIセンター(Finnish Center for Artificial Intelligence:FCAI)の取り組み
・国際図書館連盟(IFLA)の2019年度「Public Library of the Year」を獲得したOODI(ヘルシンキ中央図書館)ガイドツアー
10月23日(水)
財務省を訪問し、一人ひとりの市民に合わせた形で行政手続きのパーソナルアシスタントを提供する「AuroraAI」という財務省主導のプログラムについて、概念、これまでの戦略及びプロセス、課題等、詳細な説明を受けた。また、フィンランド最大のスタートアップ拠点Maria01も訪問し、施設の概要について説明を受けた後、実際に入居する企業2社よりピッチを受け議論した。
<受講内容>
・AIを活用した行政サービス「AuroraAI」に関する、管轄省庁担当者による講義
・フィンランドの行政及びビジネスにおけるデジタル化政策
・スタートアップ拠点Maria01見学及びフィンランド企業2社によるプレゼン
10月24日(木)
交通通信省を訪問。フィンランド発の世界的なムーブメントであり、個人を中心としたデータ利活用を目指す「MyData」に関して、実際に同理念を行政やビジネスに応用するために現在議論されていることについて説明を受けた。その後、スマートシティ化が進められているカラサタマ地区を視察した後、エスポー市にあるアールト大学のアールト・デザイン・ファクトリーを訪問し、現在のプロジェクトに関して講義を受講した。
<受講・視察内容>
・AIに関して多様なステイクホルダーと議論するプラットフォーム
・MyDataの理念とビジネスでの応用
・スマートカラサタマ(ヘルシンキのスマートシティ再開発地区)の視察
・アールト大学のアールト・デザイン・ファクトリーの視察
・HAUSにて、プログラム全体の反省
なぜフィンランドなのか?
フィンランドは、2019年の世界幸福度ランキングでも1位に輝いた国である。
そしてまた、近年は、AI、スマートシティの分野でも「人間の幸せ」を最優先した取り組みで世界中から注目を集めている国でもある。
本研修では、フィンランドのAI、スマートシティ分野における最新動向・国家戦略・取り組みを、視察を通じて把握することを目的に企画した。
視察報告
同研修ではフィンランドのAIとスマートシティの先進性に関して学ぶものとなった。
一般的にはAI先進国といえば真っ先に出てくるのは米国と中国である。しかし同研修では、フィンランドがAIの分野で2つの点において非常にユニークな立場をとっていることを学んだ。
1点目は「AuroraAI」というプロジェクトである。これは各個人の人生において、特定のタイミングで発生するイベントニーズに合わせて、AIアシスタントが各ユーザーにパーソナライズされた行政サービスを提供するデジタルプラットフォームである。強化学習と長期的なデータに基づいて、特定のユーザーグループがもっとも必要としているサービスを特定し、優先順位をつけ提供する。現時点では、家族構成の変更(結婚・出産等)、就業機会の拡大、引っ越し等、3つの具体的なライフイベントのシナリオについて試験運用されている。具体的なシナリオに基づいたサービスの開発とともに、個人情報をいかに集め活用するかという課題については、有識者だけではなく、一般市民を巻き込んだ形でオンライン及びリアルのワークショップ等を通して合意形成を進めている。
HAUSでの講義の様子
Maria01
2点目は、全国民を対象としたAI教育「Elements of AI」である。EU人口の1%にAIの基礎教育を提供するという目標の下、ヘルシンキ大学とフィンランド企業Reaktor社が「Elements of AI」というオンラインコースを開発しており、インターネット環境さえあれば、世界中どこにいても誰もが受講可能である。AIの定義や問題解決とは何かといった初歩的なテーマから解説しており、AIについての知識が全くなくても受講ができる。もともとフィンランドでは生涯学習支援が盛んであることから、学校、教育機関の枠を超えたコースとして様々なバックグラウンドの市民が受講しているだけでなく、これまでに世界170か国34万人以上が受講している。フィンランドの「AuroraAI」及びAI教育を学ぶ中で、フィンランドはAI分野の開発で米国、中国のような大国と競争するのではなく、AIをいかに国民が利用することができるかに焦点を当てているという印象を受けた。
国際経営開発研究所(スイス)「Smart City Index 2019」という世界100都市以上をランキングしたものにおいて、ヘルシンキは世界8位にランクインしている。ヘルシンキ市全体が様々なプロジェクトに取り組んでいる一方、特に注目されているのは、ヘルシンキの中心部から車で15分の場所にある「カラサタマ地区」である。工業港として栄えていたが、工場地帯がさらに郊外へと移されたことで、大きくスペースが空き、この地域の再開発が始まった。同地区はQuality of Lifeを命題とし、現在と比較して、住民が毎日もう1時間多く自由時間を利用できるようにするため、生活の無駄を省くことを進め、持続可能な環境を作り出そうとしている。現地ガイドによる説明を受けながら同地区の視察を行い、開発の現状を視察した。
◀左画像:カラサタマ地区の視察風景
また、スマートシティの分野で重要な構成要素である大学及びスタートアップ施設の視察も行った。ヘルシンキ市に隣接するエスポー市にある起業家を多く輩出するアールト大学を訪問し、学生がプロダクト製作やデザイン開発を学ぶアールト・デザイン・ファクトリーを見学した。ファクトリーの名の通り、3Dプリンター、レーザーカッター、電気工作具が所狭しと置かれており、学生は自由に開発活動を進める事ができる。例えば、ある学生は、ワインからアルコールを除去して、ノンアルコールワインを作るプロダクトを開発。ヘルシンキ市内のレストランで使われ、健康志向の高い人にノンアルコールワインを提供している。ここで開発したプロダクトで起業し、現在はMaria01を拠点にしながら、さらなるビジネス拡大を推進しているスタートアップもある。この視察を通じて、スタートアップを育む大学の姿勢や取り組みを学んだ。研修ではこのMaria01も訪問し、施設見学だけでなく現地スタートアップ企業とのディスカッションも行った。
アールト・デザイン・ファクトリー
アールト・デザイン・ファクトリー
執筆:スマートシティ・インスティテュート事務局